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祝詞・言霊 人の発する言葉には、霊(魂・たましい)が宿り、働きがある。 神様に申し上げる詞(ことば)を祝詞といいますが、お正月になるとたくさんのご祈祷があり、たくさんの祝詞を奏上いたします。 社家巻幡のご先祖は、藤原氏でそのご祖神は天児屋根命として 大山積大神様とご一緒にお祀りさせていただいておりますが、この神様は言魂を掌る神の子といわれ、天の岩戸開きの際、善言美詞をもつて祝詞を奏した神とされ「天の声音(こえね)の命」のことで言霊の神のことです。 祝詞は、神様をお祭りし神様に申し上げる詞ですが、神主が願い主の皆様の中執持(なかとりもち)として、ご神徳をたたえ、神様のみ恵みやお導きに感謝の誠をささげ、お願い事をするとともにその実現に向けて願い主が努力をお誓いする内容となつています。 神職は、神様へのお祈りとともに、願い主の皆様の心に力強く響き、魂を安らげ、大いなる力を頂けるようにお祈りしなければなりません。 しかし、現実には「すっと入っていける時」と「本当に苦しく難しい時」などもあり、体調や声帯を崩しているときは、願い主の皆様に申し訳ないとおもうのですが、お許しください。 『大山神社でご祈祷をしてもらったら、元気と勇気が出てきて、身も心も軽くなり、本当によかった!』そんな祝詞の奏上と祈願祭を、お正月には職員共々ご奉仕させていただき、神祭りを通して少しでも皆様のお役に立てたらと念じております。 (平成15年12月20日)
因島で縁結び
物事には全て原因と結果があります。原因から結果が出ることを因果といいます。因果の間で、縁は様々な働きをします。この働きを因縁といいます。 因縁は自分の力だけではどうしようもない部分がありますので、昔からそこのところを人々は神様や仏様にお願いをしてきました。 大山神社には、「むすび大黒」「あきない恵美須」さんがお祀りされ、縁結び・幸せの導き神様として信仰されています。因島で縁結び・幸せの導き神様のお陰を頂いて、幸せの因(もと)を結びましょう。(平成15年11月24日) ワカメ
水分を与えてやると、パット!シワがのびて元気が出る! 災いは福の種となる
苦しみや不幸を招く災いは、誰もがイヤなものです。けれども、一生のうちに災いに会わずにすむ人は只の一人もいません。そして大きな災いは、大きな不幸を呼び、心を暗闇におとし入れます。 千年の大木 千年の大樹も、小さな種から始まり、お日様(おひさま)や大地の恵により生かされ育ちますが、良く見てみると、切り傷や途中枯れなど、ただすくすくと育ってはいないようです。 大樹になるには運気もあるようです。そして、それはすごい事です。 だから、昔から私達は大樹には神霊が宿ると考えてきました。大きな木には、たくさんの物語があるんだと思います。 私達は千年も生きられませんが、木に敗けたくないものです。私達の人生も、時の流れの中で、強い風に枝を折られたり、お日様が当たらなくて枯れたりする様な事もありますが、しっかりと大地に根を張り、お日様や大地の神様など八百万(やおよろず)の神々様、そして回りの人々のお助けを頂きながら、枝葉を伸ばし、世のため人のためにも奉仕し、一生を歩みたいものです。 人の一生に、災厄(わざわい)がなければ、それにこした事はありませんが、幸せと不幸は、どちらも日々の暮らしの中でその相(すがた)を見せます。 幸せな時に不幸を予感し、備えるのはとても難しい事ですし、不幸なときに幸せを予感し、過ごすのはさらに難しい事です。しかし、それが信仰のあるべき相(すがた)と言えると思います。 神様は、そのように人生を考え行動する人に、宿ってくださるんだと思います。 晩夏から秋にかけて生じ、冬を越え、春になって成長する芽のことを冬芽というそうです。 「ふゆめ」とも「とうが」とも読むようですが、わたしはどちらの読みも好きです。 冬。目にはみえませんが、この「冬芽」じっと頑張っているのでしょう。 春の美しい花々や、輝くばかりの緑は、この「冬芽」の頑張りがなければ、おめにかかれません。 考えてみると、世のなかでは人の一生に限らず、何ごとも「冬芽」のときが随分と長いようです。 花も実もある人生と言いますが、この芽のない人生も、また、ないようです。冬の季節が厳しければ厳しいほど、美しい花を咲かせ、立派な実も成ることができるのでしょう。 冬のあとには必ず暖かい春がくるということです。 自然の営みは、営々として続きます。 私たちの人生も、どんな花が咲き、実が成るかはわたしたちの頑張りにかかつているんだと思います。 人の力はか弱いもの 困ったときは神頼み 人の力には限りがあります。 心に暗い影が差し、悩み苦しみ、どうしようもなくなる事があります。 そんな時は、迷わず神様にお参りし、お祈りし、おすがりしましょう。 困った時の神頼みは、本気でお祈りする分、本当におかげがあるものです。 蒔かぬ種ははえない いつでも蒔ける自分種 物作りでは少し見方を変えたり、工夫する事で、その物がずいぶん早く出来たり、良く出来たりします。 日々のくらしや仕事も一緒で、蒔いた種ははえると言いますが、蒔かない種は決してはえる事はありません。 自分の種を蒔き、育て、花を咲かせましょう。 新しい年に 新しい年を迎えると、私たちは「今年こそは」とか「今年からは」と夢や希望をいだき、″一年の計は元旦にあり″と申しまして、やる気をおこします。 初詣には、一年の幸せをお祈りし、誓いと願いを籠めます。 そこには、神さまの新たなお力(恩頼みたまのふゆ)、つまり、私達を守って下さる生命力にあふれた神霊の力をいただこうとする姿があります。 昔から神さまには全ての物を生かし伸ばす力があり、その働きにより年ごとに生命力を更新するという信仰があります。 前述のような新年に夢や希望を抱く底には、長いあいだに培われた、このような生活の中の信仰が見えます。 生きる力を高める。これは、全ての人に神様が与えてくださっている大切な宝物です。 新しい年には、新しい気持ちで一生懸命に努めましょう。幸せな方は、更に幸せになれますように感謝と奉仕に努め、不幸な方は、その不幸を乗り越えられるように祈り励みましょう。
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